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東京家庭裁判所 昭和43年(家)3661号 審判 1969年5月10日

申立人 杉山富二(仮名)

相手方 杉山良子(仮名)

主文

一、被相続人亡杉山十四夫の遺産を次のとおり分割する。

1  別紙目録第一記載の遺産は、すべて相手方の単独取得とする。

2  相手方は、申立人に対し右取得の代償として金一七九万八、九五三円を支払え。

二、審判費用中鑑定費用金三万円は、申立人および相手方においてそれぞれ二分の一宛負担する。

理由

一、相続人および法定相続分

1  本件記録添付の各戸籍によれば、被相続人杉山十四夫は昭和四一年七月二七日死亡し、相続が開始したこと、そして被相続人杉山十四夫には配偶者および子がなく、また生存している直系尊属もないので、相続人は、姉である相手方、弟である瀬沼一郎および亡兄杉山三郎(昭和一八年一一月二〇日死亡)の子である申立人であるが、東京家庭裁判所書記官中村平八郎作成の相続放棄受理証明書によれば右瀬沼一郎は昭和四二年八月四日東京家庭裁判所によつて受理された申述により相続を放棄しているから、結局相続人は、相手方と申立人とである。

2  被相続人に対する右認定の身分関係によると、申立人および相手方の法定相続分は、いずれも二分の一である。

二、遺産の範囲

1  本件記録添付の各登記簿騰本、家庭裁判所調査官遠藤富士子の照会に対する株式会社○○銀行向島支店長岩倉守の回答書、家庭裁判所調査官中島清の昭和四三年九月一二日付の調査報告書および申立人に対する審問の結果によれば、別紙目録第一記載の被相続人所有名義の家屋および宅地ならびに株式会社○○銀行向島支店の被相続人名義の普通預金がいずれも遺産であることは明らかである。

2  申立人は、右のほか別紙目録第二記載の株式会社○○銀行向島支店の相手方名義の普通預金一口および定期預金二口は、いずれも被相続人の遺産であると主張する。すなわち、こちらの預金は、相手方の名義になつていても、これらが相手方によつて預入されたのは、いずれも被相続人の死亡後であり、相手方は無職で、被相続人の死亡前はその扶養を受けていたのであつて多額の収入をえられる立場にないうえ、被相続人の死亡後相手方は、被相続人の死亡退職金、公務災害補償金、香奠等を被相続人の勤務先から受領しているので、これらの預金は、右の受領金に相当し、被相続人の遺産と認めるべきであると主張するのである。

審案するに、家庭裁判所調査官中島清の照会に対する東京消防庁人事教養部人事課長渡辺保の回答書、同調査官の照会に対する東京消防庁向島消防署長瀬口精一の回答書、同調査官の照会に対する東京消防庁人事教養部厚生課長河合剛の回答書、同調査官の照会に対する東京消防庁総務部経理課長長瀬快次の回答書によれば、相手方は、昭和四一年七月二七日に東京消防庁より被相続人の死亡による退職手当金として金一七二万六、五二四円を昭和四一年九月二九日に東京消防庁より被相続人の昭和三四年一月二九日受傷した左アキレス腱断裂による公務災害補償金として金五一万八、一三〇円を昭和四一年八月二二日に東京消防庁より被相続人の慰霊金として金四三万八、九二〇円を、昭和四一年八月二〇日に東京消防庁より被相続人の退職記念品代として金五九万三、六〇〇〇円を、それぞれ受領していることが認められ、昭和四三年一月一六日付家庭裁判所調査官遠藤富士子作成の調査報告書によれば、相手方は右金員を受領した後、これを別紙目録第二記載の相手方名義の定期預金二口および普通金一口としていることが認められる。しかしながら、家庭裁判所調査官中島清の照会に対する東京消防庁人事教養部人事課長渡辺保の回答書によれば、右死亡退職金は、東京都の職員の退職手当に関する条例(昭和三一年九月東京都条例第六五号)第四条第一項第三号によつて死亡した職員の兄弟妹姉で、職員の死亡当時主としてその収入によつて生計を維持していた者として相手方に支給されたもので、このように法令によつて相続とは異なつた範囲および順位によつて遺族に支給される死亡退職金は、遺族たる受給権者が固有の権利として取得し、したがつて遺産には属しないものと解すべきである。更に、右中島調査官の照会に対する東京消防庁向島消防署長瀬口精一の回答書によれば、右慰霊金は、東京消防庁職員共助会規約に基づき、在職中の被相続人が死亡したので遺族である相手方に支給されるものであり、また右記念品代は、東京消防庁職員互助会規約に基づき、会員たる被相続人が退職(死亡を含む)したので、遺族である相手方に支給されたもので、いずれにしてもいわゆる香奠として、被相続人の葬儀に関連する出費に充当することを主な目的として相手方になされた贈与とみるべきで、遺産には属しないものというべきである。

また右中島調査官の照会に対する東京消防庁人事教養部人事課長河合剛の回答書によれば、東京消防庁職員の公務災害補償は地方公務員災害補償法(昭和四二年八月法律第一二一号)によつて行なわれているが、昭和四二年一二月一日以前に発生した公務災害補償については、右法付則第四条により、なお東京都職員の公務災害補償に関する条例(昭和二七年三月東京都条例第一二号、昭和四二年一二月廃止)によつて行なわれることになつており、被相続人の受傷は昭和三四年一月二九日に発生しているので、被相続人の公務災害補償は右条例第四条第七条第七項、第九条の二第二項後段によつて行なわれたのであり、これによれば、被相続人に対し、第一種障害補償がまだ支給されないうちに、受給権者である被相続人が死亡したので、被相続人死亡の当時、その収入により生計を維持していた相手方に右補償金の給付がされたのであつて、この点からすれば、右公務災害補償金は、相手方が固有の権利として取得したもので、遺産には属しないものと解すべきである。

かようなわけで、以上の給付金からなる別紙目録第二記載の預金はいずれも被相続人の遺産ではないというべきであり、これを遺産とする申立人の主張は採用することができない。

三、遺産の評価

1  鑑定人杉本治作成の鑑定書によれば、別紙目録第一の一、二の土地および家屋の明渡取引価格は、昭和四三年五月二四日現在合計金三三四万三、八〇〇円であり、現在においても、この価格にはほぼ変動がないものと認められる。

2  家庭裁判所調査官遠藤冨士子の照会に対する株式会社○○銀行向島支店長岩倉守の回答書によれば別紙目録第一の三記載の普通預金は、昭和四一年三月一三日現在、金二五万一、〇二一円、昭和四二年九月一〇日現在金二五万八、三四〇円であることが認められるが、普通預金の利率は日歩六厘であり、利子税は、昭和四二年六月三〇日まで一割、昭和四二年七月一日以降一割五分であるので、これによつて利息を計算し、元利合計を出すと右普通預金は、相続開始の時期である昭和四一年七月二七日現在、金二五万二、八六四円、本件審判時である昭和四四年五月一〇日現在、金二六万六、四一四円となる。

以上によつて、本件審判時における遺産は、総計金三六一万〇、〇九六円と評価されるべきものである。

四、遺産より控除すべきもの

1  家庭裁判所調査官中島清の昭和四四年二月三日付調査報告書によれば、相手方は被相続人の葬儀費用として約三〇万円を支出したと述べているが、これを裏付けるべき証拠書類はなく、仮に相手方の陳述どおり葬儀費用が支出されているとしても、相手方は前記の如く慰霊金または記念品代名義で香奠を被相続人の元の勤務先から受領し、また近隣の者からの香奠も若干あつたと推測されるので、これらの金で葬儀費用を十分まかなうことができたものと認められ、遺産よりこれを控除することを要しない。

2  右調査官の調査報告書、同調査官の照会に対する、東京都墨田税務署長伊藤次郎の各回答書によれば、相手方は、別紙目録第一記載一、二の土地家屋の固定資産税として、昭和四一年度金三、一八〇円、昭和四二年度金三、九三〇円、昭和四三年度金五、〇八〇円、総計金一万二、一九〇円を納入していることが認められ、この固定資産税は遺産の負担に属すべきものであるから、この金一万二、一九〇円は遺産の評価額より控除すべきものである。

以上により右金額を遺産の評価額の合計金三六一万〇、〇九六円より控除すると、残額は金三五九万七、九〇六円となる。

五、具体的相続分

申立人は、別紙目録第二記載の定期預金および普通預金が、遺産でないとしても、この預金の基礎をなす、死亡退職金、公務災害補償金および慰霊金等は、いずれも民法第九〇三条の特別受益と認められるから、これを現実の遺産の評価額に加えて、相手方の具体的相続分を定めるべきであると主張する。

しかしながら、これらの金員は、被相続人から、遺贈を受けたものでもなく、また婚姻、養子縁組のため、若しくは生計の資本として贈与を受けたものでもないから、これを民法第九〇三条による特別受益とはみることができないのであつて、この点の申立人の主張も採用することはできない。

そこで本件においては、法定相続分各二分の一宛で、遺産を分割すべきものである。

六、遺産分割の方法

申立人審問の結果および家庭裁判所調査官中島清の昭和四三年九月一二日付調査報告書によれば、申立人も相手方もともに、相手方が現在別紙目録第一の一記載の土地の上に存する同目録の二記載の家屋に居住していることから、相手方が現物を取得し、申立人はその取得の代償として金員の支払を受けることを希望しており、かかる方法による分割が申立人と相手方との従前の関係からしても相当と考えられる。

以上によつて、当裁判所は、別紙目録第一記載の遺産をすべて相手方に単独で取得させ、相手方はこの取得の代償として、申立人に対し、遺産の評価額金三六一万〇、〇九六円より固定資産税金一万二、一九〇円を控除した残額金三五九万七、九〇六円の二分の一に当たる金一七九万八、九五三円を支払うべきものと定める。

そして審判費用中鑑定に要した費用金三万円は申立人および相手方においてそれぞれ二分の一宛負担すべきものとする。

よつて主文のとおり審判する次第である。

(家事審判官 沼邊愛一)

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